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zoom RSS 本「伊一六六潜水艦 鎮魂の絆」

<<   作成日時 : 2010/07/26 22:32   >>

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私の叔母が書いた本を興味のある知人に差し上げたりしていたところ、この本に繋がりました。世の中はやはり不思議です。


伊一六六潜水艦 鎮魂の絆
学習研究社
鶴亀 彰


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ロスに住んでいらっしゃる鶴亀彰さんの本。太平洋戦争にまつわる不思議な人のご縁と旅路に関する物語です。


鶴亀さんのお父様は、太平洋戦争に従軍した海軍士官で、伊一六六の機関長をされていたときに、イギリス軍潜水艦の魚雷攻撃を受けて沈没、戦死されました。

その際、記憶も定かならぬ幼子であった鶴亀さんは、その後、父のいない喪失感とともに人生を歩むのですが、あるとき、その父の最期を求める旅に出ます。

その中で、

伊一六六の生き残りの方や遺族の方々、

伊一六六が沈められる前にオランダ軍潜水艦を撃沈しているのですが、その、オランダ潜水艦K-16の遺族の方々、

伊一六六を沈めたイギリス軍潜水艦テレマカスの艦長、

そして、そうした人たちと繋がって行く物語を知って新たな友人となったアメリカ軍の元兵士

といった感じに、戦争の記憶や傷を抱えて今もなお生き続ける人たちと交流が生まれ、深め、過去の事実を対話や交流で昇華していく実体験談です。


実は私には、戦地に行った親戚がほとんどいません。両親とその兄弟の世代は昭和の長い戦時に子どもで、その親兄弟は既に兵役年齢を越えていたため、ほぼ全員が本土で銃後として生活。だから、空襲とか銃後の窮乏の体験者ではあるのですが、軍人もいないので戦場へ行った人が皆無。外地引き揚げで苦労した人もいません。遠縁で何人か戦没した人がいますが、遠すぎてその話を聴く機会を得ませんでした。その意味で、戦争の哀しみを直接感じたことがない人間ではあります。


戦場で、誰かを殺した者、誰かに殺された者。その殺し、殺されが錯綜し、殺した人が殺される世界。失われた命と失われた命により失われた未来と失われた感情。

生き残った者であれ、遺された者であれ、そういった感覚的なものは、「語っても分かってもらえないもの」として黙したまま、体験者たちはこの世を去っていき、それを知らない私のような人だけになって行ったとき、そうした悲劇は再び起きるのかもしれません。

でも、こうした本を読んで、その感情について知ることは、その感情を受け継ぐにあらず。

戦争による喪失の痛みは勝者の側にも敗者の側にもあること、

実はその痛みはどちらの側であっても同じものであること、

その点で、殺した者と殺された者(とそれぞれの遺された者)には接点があること、

何々人とか、どこの国ではなく、個々人の単位で交流をすることで、実は対峙している人たちもまた我々と変わらない人であることを知ること、

戦争は勝とうか負けようが悲惨なものであること、
(ついでに言えば、勝つことは究極的には負けの始まりである気がする)

などを知ることであって、そうしたところから、平和に誰とでも付き合えることの幸せをかみ締めるのでしょうね。


電車の中で読んでいたのを後悔するくらいの感動的な内容ですが、こうした本に本屋で出会うのは本当に難しい。ご紹介くださった、松山さん、ありがとうございました。

本「それでもぼくは生きぬいた―日本軍の捕虜になったイギリス兵の物語」(2010/02/09)

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