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zoom RSS 本「渋沢栄一『論語』の読み方」

<<   作成日時 : 2008/10/22 23:28   >>

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仕事としてコンプライアンスなるものを取り扱っている関係もあって、「正しい行動」って何、という命題を持っているわけですが、その判断基準に論語がなりうるか興味があります。

渋沢栄一と言えば、明治期日本において、初めて銀行を創設し、企業を数百も誕生させた日本産業の父とも言える人で、数年前から非常に興味を持っているのですが、不思議と良い伝記などが見つからずに、その人となりを知る機会がなかったりします。

で、本人の評伝が見つからなければ、本人の著作を読めばよい、という状態で手にとったのがこれ。ご本人は、自らの事業経営の根幹として「論語」を用い、最終的に自らの論語に対する考え方を「論語講義」という著作にまとめたそうで、

今回の本は、その抄録の現代語訳と言うことらしいです。


論語と言えば、「子のたまわく」で始まる弟子の聞き書きで、孔子の語る人の生き方、政治の心得、出処進退などの教えをまとめたもの、ということですが、当然、原文は読んだことがありません...漢文の授業あたりで多分読んでいるだろうけど、中身を覚えていなければ、それは読んでいないのと同じ。

でもって、その教えの内容もあまり承知していません。礼を行い、仁者になるのを良いこととしているらしいけど、「礼」って何?「仁」って何?状態です。

ということで、温故知新や巧言令色少なし仁、先憂後楽などの言葉を含む、論語のエッセンスの「渋沢版解釈」を読むことができます。
例えば、政治のあり方を説く言葉の解釈に、明治維新の人物たちを引き合いに出して、誰々はここに書かれていたような資質を持っていた、と説いたりするので、その点は分かりやすいかな。


で、論語と商売の関係として、先ずもって、論語は「金持ち」になること自体を否定していないが、「正しくないことをしてまで得た富貴」は否定している、というところから始まるので、確かにコンプライアンス的には似たような考え方がありそうです。

よく出てくる話として、「正しくない」方法で成り上がってもそれは一時的だ、というのは、もう毎度毎度報道されすぎて飽きた感が強い、不祥事報道や不正、不公平による人々の「末路」を見ればよく分かる話です。でもこんなに多く発生するのは「自分のやった不正は見つからない」とか「ちょっとヤバいけど、ぎりぎりを衝いているだけでこれは不正ではなく、これくらいはやるのが当然」みたいな考え方をする人が増えたのでしょうかね。


というわけで、「利があるか」ではなく「そこに徳があるか」を判断基準にして行動を判断し、「正しい行動を導く提言」はたとえ目下からの発言でも取り入れ、上手くいっているときに驕らず、上手くいかないときにもクサらないで正しいことを誠実に続けていれば良い、というのがエッセンスになるのかな?


私としては、先ずはこの言葉から研究するべきかな、というところ。

子張學干祿、子曰、多聞闕疑、愼言其餘、則寡尤、多見闕殆、愼行其餘、則寡悔、言寡尤行寡悔、祿在其中矣。


これはなかなか難しそうだけど、人に意見する立場に立つことがある仕事ってこうしないといけない気がします。

次に読む論語本は、子孫が書いたこれにしようかな...


渋沢栄一「論語」の読み方
三笠書房
渋沢 栄一

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