スーパー歌舞伎「新・三国志」完結編

日曜の朝から4時間もかけて見るのはちょっと重かった気もしないではないけど...

NHKでたまにやっている演劇中継...このシリーズは一昨年くらいにIIを見かけて、やはり4時間くらい頑張って見ていたけど、残念ながらIは見ていないです。

スーパー歌舞伎 新・三国志III―完結篇―

どうもIは、劉備・関羽・張飛の義兄弟が「平和な国」を夢見て戦っていく話で、IIは、その義兄弟から「夢」を託された孔明が蜀の国を率いてやっていく話。でも、皆が平和に暮らせる世界は来ず、最後に孔明も倒れる、ただ、そこには、魏の国からの降人姜維がいて、その夢を引き継いでいく...が粗筋かな?

三国志とも三国志演義とも違ってしまっていて、国家の興亡の歴史事実以外は三国志であることも必要ないくらいオリジナルな配役が多いので、その辺りを気にする方は見ちゃダメというところです。IIIになると、敵方の司馬氏一族とその配下の武将、劉備の息子劉禅に蜀の大将軍になった姜維、実はこっそり紛れ込んでいる三国志の作者陳寿(蜀の武将の子孫なのでさほど歴史改変になっていない)くらいは正しいかもしれないけど、姜維の妹(何と、姜維ともども孔明の元恋人の子供)とか魏志倭人伝に現れる邪馬台国の後継者伊代とかいったヒロインに、馬謖の遺児馬潤とか今回の主人公の魏の将軍謳凌(おうりょう)とか、架空の人ばかり?になっていきます。

このシリーズのテーマは「夢見る力」。で、登場人物は「夢を強く信じれば、その願いは叶う」を誰も彼もがくどいくらい繰り返します。蜀側が主人公である以上、蜀の天下統一という形でその夢(みんなが平和に暮らせる国を作る)が実際に叶うことはないはずですし、そもそも順番から言って、IIIは蜀の滅亡を扱わざるを得ないので、「夢の終焉」を描くことになるのかなぁ、と思っていたのですが...私が甘かったとしか言い様が。


よく考えたら、たぶんシリーズ全部を通じて、誰も夢を叶えてなんかいなかったんですよね。夢のために全身全霊走っていった人たちがいるだけ。劉関張の義兄弟が、孔明が姜維が、周りの仲間たちが、平和な世の中を作り上げるために自分には何ができるだろう、どうすれば平和な世の中に出来るだろう、と考えながら行動し、次に続くものを信じて託していっただけ。

託すものが、関羽の刀(勇気と力の象徴)だったり、孔明の羽扇(知恵の象徴)だったり、国家建設のための膨大な書物(夢の象徴)だったり、琴で奏でる音楽と歌(「長相思」、人を愛することの象徴)だったりしますけど、それは全て一つに収束して、夢を受け継ぐものに引き継いで欲しい、という願いとなって投げつけられます。

最後に膨大な書物は焼き払われますし、IIIの主人公謳凌も戦を終わらせるために命を投げ出してしまいますが、新しい命が生まれ、その夢に触れた若い人たちが新しい世界に向かって出発していくラストは、「強い夢、願いは必ず叶う」に一番近いラストであったのかと。


普通の歌舞伎と違ってスーパー歌舞伎には、京劇の群舞とか立ち回りも入ってくるし、ラストでは猿之助が必ず宙乗りをするし、なぜか戦のシーンは滝にように降ってくる水の中で行われるし、筒から吐き出される炎などの派手な演出があるのですが、それ以外は花道の使い方や登場の仕方などの歌舞伎の決まりごとは普通に使われているみたい(そんなに詳しくないのではっきりは分からない)なので、いきなり普通の歌舞伎では分かりにくくてつまらない、という人が入り口にするのには良さそうな気もするんだけど、どうなんでしょうかね。


しかし、かなり連続して「夢に向かって歩き続けよ、その夢は最後まで叶えられないかもしれないけど、その夢が正しいものであれば必ず後に続く誰かが叶えてくれる。それを信じてゆけ」というメッセージが私にもたらされたわけなんだけど...私の夢とか初心とかって何でしたっけ???

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