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zoom RSS 映画「ちかくてとおい」

<<   作成日時 : 2017/05/05 22:34  

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本当の意味で私には理解できないのであろう感覚に、「生まれ育った風景に対するノスタルジー」というのがある。既に取り壊された実家の家の間取りや調度のことならともかく、「幼い頃からずっとそこにあったご近所の原風景」的なものは、私の記憶の中にはない。


それは、記憶にあるほぼすべての季節にクレーンと重機による取り壊しと開発の風景があり、大規模再開発の結果地形すら違うものになった場所があり、小学校や中学校も「入学時の校舎」と「卒業時の校舎」が違うという、絶えず変わり続ける風景の中で何十年も生活しているからで、

ある程度同じ範囲に居続けているはずなのに、周りの風景も、そこに住む人たちもどんどん替わってゆく私には

「ある日のどこそこ」という写真的な記憶はあるものの、いわゆる「故郷の風景」的なイメージはもてないでいる。


この映画は、東日本大震災の津波で大きな被害を受けた大槌町の出身の監督が、

その復興の過程で津波対策のためにかさ上げを行い、以前の町を埋めたその上に再建される全く違う「大槌町」に暮らすことになる「震災後生まれの姪」に当てて、

「地震以前の風景」、「震災の被害の風景」、「震災前の暮らし」、そして「将来の大槌がどのようにして出来ていこうとしているのか」を伝える1時間ほどのビデオレター。

ちかくてとおい(映画公式サイト)

画像



多くの人には、「昔からそこに住む人たち」と「昔からそこにある家々」による繋がりと「変わらぬ風景」というのがあって、ある日突然それがなくなるということに大きな衝撃があるのだ、というのは、

緩やかに破壊され続け、それが別の形に再生し続ける町に住む私には若干理解が追いつかない話で、そういう世界というのはどういうものなのだろう、と興味の湧く話。


例えば、私が普段行き来する渋谷は、災害一つ経験することなく30年前の記憶の中の渋谷とは全く違う風景に変わっていて、あと10年もしないうちに、今の風景すら半ば消えて違うものに置き換わる予定で日々工事が行われている。もちろん、「中の人」は常に変わり続けて、繋がるというのはなかなか難しい。


大槌の「再生」は、津波という大きな力による一度の大破壊と、監督のお祖父様も含めた多くの犠牲を伴った破壊から起きることで、都会の再開発とは行われることの背景は異なるのだけど、

壊される前にあったものが「いつもそこにある」と思っていたものだったかどうか、

昨日あったものが今日もあり、それは明日もあるはずだと信じていたのかどうか、

明日に遺そうとしているものが明後日もあるはずだと思えるのかどうか、



日々は似たような日の繰り返しに見えて、同じ日は二度とやってこず、

変わらぬものなどなく、

ちょっと目を離すと見慣れたものは違うものになっていたりする、

そして、新たに遺したものもまたいつか消えてしまうものだとしても、せめてそれが美しい風景として記憶されるように、

どこに住んでいる人も常に努力している、ということなのかな。


でもって、それらが何をもって「美しい」と感じ、記憶されるのかは、その風景の中に「誰かの記憶があるかどうか」なのでしょうかね?



映画の情報は、こちらのtwitterの方でも得ることができます。

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上映館:下北沢 トリウッド http://tollywood.jp/

上映時間開始時間
4/29(土祝)〜5/5(金祝)11:30から
5/6(土)〜12(金) 土日 13:00/16:00 平日 15:00/19:30
5/13(土)〜19(金) 土日 14:30/17:30 平日 15:00
5/20(土)〜28(日) 15:00

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