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zoom RSS 本「補給戦」

<<   作成日時 : 2013/06/25 21:10   >>

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戦争は、より多くの戦力を投入して相手を打ち破ることを目指す実力行使なわけですが、お互いの兵が刀だけを持って戦うのならともかく、いやその場合ですら兵の食糧は必ず必要で(本当は刀だって無限に斬れるわけではないので予備も必要になる)、実際の戦争は、行うにあたって多くの資材が必要です。でもその兵站・補給がどうあるべきかを研究した本はほとんどないのだそう。


この本は、原著が著されたのが1977年、日本語訳が出たのが1980年、と古いですが、類書がほとんどないということで古典になったもよう。昨年、孫子の兵法を聞きかじったときに興味を持って、「ヨーロッパ史における戦争」と一緒に買ったのですが、ようやく読めました。

昭和史を学んでいたときに、「太平洋戦争は、南方前線と本土の海上交通が米軍によって断たれ、物資の欠乏にあえいだ大日本帝国側が、圧倒的な物量を誇る連合国に敗れた」という言い回しを何度も見たわけですが、その時に、「いや、自分たちで全方位に戦線を広げたら、当然物資を届けきれないだろ、継続的に占領地を維持する計画性はなさそうだし、日本側の無計画な戦争指導によって自滅しただけじゃないか」と思っていて、

昭和16年夏の敗戦」で輸送船の損耗率まで計算して「継続的な補給は不可能」の結論を出していたのが無視された描写とか、「失敗の本質」でも採り上げられたインパール作戦、ガダルカナル攻防戦という補給軽視に関する最悪の事例などを見て、「そもそも補給なんて真面目に考えたことあるのかな?」という風に思っていたわけですが、

これに対して欧米は立派な補給をしていたわけではなく、ヨーロッパ内でのかつての戦争も程度の差はあれ、大して違わなかったのかもしれません。


この「補給戦」が題材にしたのは、

・ナポレオン戦争(過去最大の陸軍侵略作戦であるロシア征服事業における、入念な兵糧補給準備は正しかったのか?)

・モルトケが指導した普仏戦争(鉄道を利用し、大兵力の移動・補給を行ったことが戦争勝利につながったというモルトケ評は正しいのか?)

・第一次大戦時のドイツ軍西部戦線(ベルギーから回り込んでドイツ国境正面に展開するフランス軍を挟撃する作戦は、補給の観点から実行可能だったのか?)

・ヒトラーのバルバロッサ作戦(ドイツにソ連侵略を行う力はあったのか)

・ロンメルの砂漠戦(敵を求めて闘い続けるロンメルのやり方は、あの戦争の中で正しい行動だったのか?)

・連合軍によるフランス解放作戦時の補給(上記の各戦争から一転、十分に蓄積・準備して始めた補給作戦はうまく機能したのか?幻の「ルール地方解放作戦」は本当に実行不可能だったのか?)

の6つの事例。


それ以前の「補給とは攻め込んだ先での現地調達(つまり略奪)することであって、後方(軍の出発地)から補給物資を運んだりしない」が、

先ず、食糧(と馬用のまぐさ)が軍団の巨大化によって不可能になり−どんな土地であっても、攻め込んできた数万、数十万の軍勢に食糧を供給できる余力があるわけがない−、

次に、自軍の大砲用の弾、車両の燃料を「略奪」で手に入れられるわけがなく、

その結果、前へ進んで敵と戦う軍とは別に、その軍を後ろから追いかけて、食糧、弾薬、燃料、補充の兵士に、武器や車両の予備、修理部品などを届ける仕事を平行して進めないといけなくなり、

そのためには、

経路としての道路、河川、鉄道と、輸送手段としての馬車、船、鉄道、車両(トラック)の条件を考慮して戦争をしかけないといけなくなったわけだが・・・

が上手く行ったのか行かなかったのか、事前にどういうつもりで準備して、実際にそれはどのように推移して、結果として、どのようになっていったのか、を

物資の消費量や、補給部隊の輸送可能能力、その時の輸送経路が許せる輸送量はどれくらいだったかなどを元に検証しようとしています。


私の印象として、中国の歴史に出てくる戦争でも、楚漢戦争(項羽と劉邦の戦い)における蕭何(劉邦側の後方支援トップ。根拠地から補給を途切れさせなかった功が、前線で戦った将軍たちよりも上の評価を受けた)とか、

三国志の戦争(川を補給に利用した場合、上流からの補給はうまくいくが撤退は大変なことになるとか、蜀への侵攻・蜀からの外征では、どちらも桟道を細々と通る補給線が、戦争における脆弱点になってしまっているとか)で物資集積重視の話が出てくるので、

そんなに最近まで「後方からの補給なく、軍勢の通過時に食糧を略奪することで自活する侵攻軍」(ある意味イナゴの大群みたいなイメージ)という概念が主であったことに驚くわけですが、
孫子の兵法でも「敵地で補給物資を調達するのは根拠地から持っていくより経済的」という意味の記述があるし、
缶詰・瓶詰もナポレオン時代の発明だし、それ以前は保存がきかないことを考えれば「運ぶ」発想の方が有り得ないのですかね。


かなり詳細に、計画されていた補給作戦と、実際の状況との違いを比較して出てくる結論は、こんな感じ。

「計画は大体のケースで甘い見通しで行われる」

「複雑な計画を立てるケースでは、『実行可能なこと』を自ら低く見積もることがある」

「問題が生じた後のエスカレーションや問題解決にあたるべき組織が分散していると、問題は解決しない」

「計画通りにいっていない状況下で大所高所からの見直しでなく、小手先のテコ入れで計画通りに遂行させようとすると状況がさらに悪化する」



事前に全体の状況を見分けることも大事だけど、情報収集と計画に時間をかけすぎても(その間に判断材料として集めた情報が古くなってしまって)ダメで、状況が刻々変化していくことへの柔軟性や重点の見極めなどが出来ないと上手くいかない、という話になっていくのだけど、

これが上手くいくかどうかは、ある程度戦線全体を見渡せる程度のコンパクトさが実現しているかどうか(戦線が広がりすぎている、前線が前進しすぎて後方と離れすぎていると齟齬が生じやすい)とか、物資の移動に関して統制が出来ているかどうか、とかいった要素が出てくるので、

補給は「計算」ではなくて「決断」なのかな、と思った次第。また、何年か後に読んだら違うことを思うのだろうか。




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