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zoom RSS 本「美しく怒れ」

<<   作成日時 : 2012/04/08 20:52   >>

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もう亡くなって15年以上も経つ方の新刊というのも不思議な感じですけど、以前の本を編集改題のうえで再度書籍として、ということらしい。昨年が生誕100年だったことと関連した企画なのでしょうね。

「生誕100年 岡本太郎展」に行ってきた(2011/05/24)

岡本太郎「顔は宇宙だ。」展に行ってきた(2011/06/06)


最終章に養女になって支えた岡本敏子のエッセイとも解説とも見える文章の中に、

没後随分経つのに、「芸術は爆発だ!」は子どもたちに人気、もうその親だってCMを見ていないはずなのに、

という話が出てきますけど、

同じく、そのCMをリアルタイムでは見ておらず(上記の展覧会で見た)、ご本人にお会いしたことがない私にとっても、

岡本太郎のイメージといえば、飛び出しそうなくらいにクワッと見開いた目に、掴みかからんばかりの手つきで、熱っぽく語る、といったところな気がします。


で、そのようなイメージで語られているのを思い浮かべるのが似合うようなエッセイ集です。


細かい(そして本質的でない)ルールをいちいち守らないといけないような社会を嫌悪しているけど、別に無政府社会や秩序の崩壊を望んでいるわけではなくて、
「我が身を守る」ような生き方ばかりでは窮屈だと言っているだけだし、

某首相の沖縄訪問時のエピソード(デモ隊に囲まれて身動きが取れなくなり、米軍基地に逃げ込んで一夜匿ってもらった−領土返還前とはいえ、一国の総理が民衆との対話を避けて他国の軍隊に守られている、なんて話は相当に情けない−)を使って、逃げ隠れせずにもっと身をさらせ、というメッセージなども、
ぶつかり合いなくして相互理解も、新しい価値も生まれない、という主張に見える。


児童の持つ、曇っていない感性を称揚し、縄文時代のバイタリティ溢れるデザインに感動し、江戸時代という閉塞した世代以外の時代には日本にも原色が溢れるデザインセンスがあったと主張する彼は、本当にそう思ってはいるのだろうけど、何となく、「わざと突っついて、『ああ、そうですね』みたいな反応でない反応を引き出そうとしている」風にも感じる。


全体的にこの本はそんな感じ。前書きにも「激しい反撃があるだろう。うれしいことだ。モウレツに情熱を投げあい、そのめくるめくあやの中に、互いに平気で、ふくらんでゆくべきだ。」とある。

こうした彼の説に反論しようと思ったら、ある程度論理的に、裏づけを用意しないと出来るものではない。それこそが望むところ。その甲論乙駁の中で、新しい物の見方が生まれたら、その対話は価値があったではないか、ということかな。


あっち見てこっち見て、中を取って治める、みたいなこじんまりした「根回し」でなく、
細かい物事を取り立てて怒鳴り散らすような「腹いせ」でなく、

自分が持つ「本質への理解」と異なることがあるのなら、堂々と異を唱えるべきだ、それが「怒り」であり、それができない者は生きているとは言えぬ、というのが受け取ったメッセージですかね。


「本当のことを言うなんて、生意気だ!」

これを言われたことは無いけど、そういう雰囲気を感じたことはある。さて、このまま進むべきか退くべきか?



美しく怒れ (角川oneテーマ21)
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2011-09-10
岡本 太郎

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