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zoom RSS 本「キャンバスに蘇るシベリアの命」

<<   作成日時 : 2011/01/16 20:18   >>

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この本を読んだのは昨年のことで、何と書いたものかと思いつつ、取り上げないままでいた第二次大戦本の一つ。

元抑留者で、この本の元になる絵をお描きになった勇崎作衛さんがお亡くなりになられたそうで、再読したうえで追悼のために取り上げることにします。


言わずと知れたと言いたいところなのですが、かつて日本がアメリカと戦争したことも知らない人がいるという世界では本当に不安。第二次世界大戦に敗戦したときに、満州方面でソ連軍の捕虜となり、その後、シベリアで奴隷労働と言っていい過酷な扱いを受けた元日本軍兵士たちが数十万人もいます。その「シベリア抑留者」たちの物語。

昨年、伯母が上梓した

本「それでもぼくは生きぬいた―日本軍の捕虜になったイギリス兵の物語」(2010/02/09)

と対の物語として、読んでいました。


負けた側(捕虜になった英国兵はその時点では降伏者だし、満州で捕虜になった日本兵たちは言わずもがな)に対して、それまでの鬱憤をはらすような戦勝者たちの行動は、どの民族であるかを問わず、気持ちのいいものではないです。

その生き残りである勇崎さんが、亡くなっていった戦友たちを弔う意味もこめて描いた絵画がこの本のメイン。その絵に描かれた内容を解説する文章とともに、人間として最低限のものが満たされない過酷な生活が、ロシア人に親切にされた話、汚い行動に走った日本人の話も含め、示されています。


ユダヤ人強制収容所であれ、太平洋戦争中の日本軍による捕虜収容所の話であれ、シベリア抑留者の暮らしであれ、管理する側と中にいる側が同じ人間としてのステージにいない世界。相手方を鬼畜として扱い、何らの配慮も見受けられない世界。

日本人は一方的に被害者だったわけでもなく、日本人も加害者として同じことをしているではないか、というのは間違いなく事実。誇張とかを排してどこまでが正しいかはともかく、相手を人間と思わないような扱いというのはどちら側の人もやったということは認識していないと。


でもって、どの被害者たちも、自らがそうした目に遭わなければいけなかった原因を自分で持っていたわけでは無く、その意味でいつ自分がその体験談の境遇と同じ状況になるかは分かったものではない。その意味で、この話は遠い昔の遠い世界の出来事ではなく、いつでも誰にでもありえる話。


極寒の地で、満足な食事も人並みの住環境も衣服もなく、ひたすら重労働を課されて、使い捨てられる抑留者たち。

シラミが隣の人から自分に移ってくることで「隣の人の体温が失われた」ことが分かる生活、仕事をサボり、物資をくすねたりするような普通なら悪徳とされることをしないで生き延びることは出来ない境遇、「日本人を殺してみたかった」という理由だけで殺されることがある不条理さ・・・

還ってこられなかった人がどのような最期だったのか、還って来た人がどんな状況を生きてきたのか、この絵画と文章で知ることで、「戦争はとんでもない」ということをまた新たに刻むことができると思います。

勇崎さんとシベリアの大地に眠る戦友の皆さんのご冥福を心からお祈りいたします。


(2016年7月8日追記)
最初の本は出版社により絶版になりましたが、このたび、別の出版社から再販されることになったようです。タイトルも少し変わるよう(「シベリア抑留・絵画が記録した命と尊厳」)ですが、中身は同じですので、そちらをぜひ。



シベリア抑留・絵画が記録した命と尊厳(仮)
彩流社
勇崎 作衛


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