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zoom RSS どこでもやっている科目のトバシ?

<<   作成日時 : 2006/10/27 06:58   >>

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世界史の未履修問題が全国の進学校を中心に広がってますけど、とりあえず存在するルールを抜け道で何とかしようとした挙句に「今さらルール通りにやれと言われても」と開き直るところなんざ、昨今の企業不祥事と対して変わらない精神風土であるような気が。

「確かにルールはあるけどこれくらいなら」とか「どこでもやっている」とか言って、カリキュラム上の記載科目と違う教科を教えていたり、受講していない科目の成績まで作られていたとなっては、ちゃんと社会科2科目を受けている生徒はやりきれないかなと。...とは言っても、ルール通りやっていた学校の方が少ないんじゃないか、って勢いすらありますけどね。

でもって、学校側が少子化時代の競争力維持のために「良い大学に行ける」という看板を必要としていて、そうした実績作りをしてくれる生徒たちが、「受験勉強に専念するので、他の科目は勉強しません」というからハイハイと受け入れたというのであれば、教育じゃなくてただの媚びじゃないんですかね〜。


かなり多くの学校で卒業単位が足りないために補習が必要、ということになっているようで、受験への影響から補習をいつするのか等の検討に頭を悩ませていますけど、既に「どうせ寝ているか内職しているかだからどうでもいい」という生徒の声もニュースに出てますから、どうでもいいんじゃないでしょうか。
少なくとも、学校側は決められた通り提供すべきで、その授業を受けない選択を生徒がするのは仕方ない、という風にはしておくべきだったのでしょう。私も、高校の授業中に寝ていて、後で泣きを見たこともありますけど、堂々とその科目を受けない、という選択肢は考えたことは無いですから。


自分に都合の悪い情報を隠さないでいかに早く明らかにするか、頭を下げるべきは下げ、どうしたら被害を大きくしないで済むかを相手と一緒に考えるという態度をいかに示すか、といった辺りの対応を、学校側が取れるか否か、といったところは、本当に企業不祥事が発生したときの企業側の態度と似たようなものの気がします。

こういうときに「監督官庁(文科省)がはっきりしないのが悪い」とか「自分たちは悪くない、ルールが悪い」とか言う責任転嫁自体が、自分たちの評判に大きな傷をつけていくことに気がつかないと、取り返しがつかなくなっていくと思うのですが、この先どうなるのでしょうか。

まぁ、一般社会では、ルール通り真面目にやるよりも、上手いこと抜け道を考えて要領よくやった方が成功するんだよ、という教育をほどこしていたと考える皮肉な見方もできますけどね。
少なくとも企業社会では、ルールを守るだけでなく、「それはズルイ」というグレーゾーンにもなるべく踏み込まないでいく、という態度がこれから必要とされていくようになるのに、グレーゾーンで上手くやった「成功体験」をもつ人材が育てられていてはどうしようも無い気がするんですけど。こういうのを否定する「致命傷にならない失敗体験」ってすごく与えにくいから、本当に困るんだけどなぁ。


でも世界史の知識って、会話時の一般教養とか、ニュースの背景理解とか、読書の際のバックボーンとして要求されるとか、活きる機会が多いのに、「カタカナ名称の暗記がたくさんあって面倒くさい」で切り捨てているのだとすれば、非常にもったいない...

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